海女の妻と、釣り師の夫。壱岐島で初めてのゲストハウス開設に向けて動き出した夫婦は、早速、壁に突き当たることとなる。どこでゲストハウスを開くか、肝心の宿がなかなか見つからなかったのだ。

(前編はこちら

 
 
「宿探しはほんと、難航したよね」。夫の大川漁志さんは言う。島中探し回り、空き家を見つけるたび、妻の香菜さんとともに中を覗いた。一年半の歳月を費やし、行き着いたのが芦辺浦。なんとそこは、漁志さんの実家からわずか二十歩ほどの場所だった。

「家の近くに古民家の空き家があるのには気づいてたんですよ。二十年くらい人が住んでいないのも知っていたので、選択肢には最初、まったく入っとらんくて。あるとき、『見るだけ見てみたら?』と人に言われて、シャッターを開けてみたら……あれ、すごくいいじゃん、と思って」

芦辺が漁で栄えた八十年ほど前には、遊郭だった歴史を持つという古民家。漁志さんたちはようやくこの古民家でゲストハウスを始めることを決め、クラウドファンディングでその資金を集めていった。プロジェクトは百名以上の支援者を集め、見事成功する。

 
 

みなとやに置かれている雑貨やインテリアはどれもばらばらだ。しかし、衝立やテーブル、扇風機に至るまで、まるで元からそこにあったかのように、ひとつひとつが不思議と宿に馴染んでいる。聞けば、「ほとんどが壱岐の人からもらったり、拾ってきたりしたもの」。みなとやに長期滞在した夫婦が、宿の内装のDIYを手伝うこともあったという。

「宿を開いたのが去年の四月なんですが、それからも少しずつ物を増やしたり、改装もしていって。オープン当初から完璧にしてしまうと、それ以上がなくなっちゃうじゃないですか。だから最初は少し不完全なままでも、やりながら変えていきたいなと思ったんです」。

 
 

香菜さんと漁志さんが海に潜る海女漁の季節は、例年、五月から九月。これは、壱岐に観光客が集まるハイシーズンとぴったり重なる。夏に香菜さんが出産し海女漁には出られなかったこともあり、今年は特に目の回るような忙しさだった、と漁志さんは言う。

「夏は、朝四時に起きて釣りに出て、朝ごはんを作って、チェックアウトの対応をして。ようやくひと息つけるかと思いきや、近くの常連さんがお茶とか飲みに来るんですよね、CLOSEって看板出しとるのに(笑)。それからチェックイン、晩ごはんの準備……ってしてたらもう、一日あっという間ですよね」

想像を絶するような忙しさだが、住み込みのヘルパーや常連客がずいぶん助けてくれた。「ここまでずーっと誰かに助けてもらいながらやってきたんです、ありがたいことに」。

 

この日の宿泊客は二名。赤ちゃんの世話をしに香菜さんが実家に戻っている間、漁志さんが夕食の準備をする。「そうだ、せっかくやけん外で魚でも焼きましょうか」。

 
 

みなとやは、人通りの多い十字路の角に建っている。漁志さんが宿の前の道に七輪を出して座っていると、「なんか焼くん?」と近くの人たちが声をかけて通り過ぎていく。
日が落ち始めたころ、七輪の火が明るく灯った。辛抱強く魚の焼き加減を調整する漁志さんと話していると、遠くからバイクの音が聞こえる。「お、アッコちゃん帰ってきた」。バイクから降りた宿泊客の女性は、「温泉行ってきちゃった」とニコニコと笑った。

 

漁志さんは、その日の食材や宿泊客によって、柔軟にメニューを変える。
「普通の民宿だと、だいたい季節でメニューって決まってますよね。でも、せっかく海女と釣り師がやってる宿なので、朝釣ってきた魚とか、それを近所の人と交換していただいた野菜とか、そういうものばっかり使うようにして。今日は七輪で焼き物がいいかなと思ったけど、昨日は熟成させた魚と釣りたての魚の味を比べたりしました」

宿泊客が外国人であれば寿司パーティーをしたり、年配の方であればやさしい味つけの料理にしたりと、工夫を欠かさない。「『釣れたから食べてよ』『あ、じゃあこの野菜持っていってよ』みたいなやりとりができるのって、すごく豊かだと俺は思ってるんですよね」。

 
 

夕食の時間。東京からの宿泊客二名と漁志さん、香菜さんで食卓を囲む。漁志さんが釣った鯛を中心に、炒め物やエスニック風のサラダ、切り干し大根……と彩り豊かな料理が並んだ。

「鯛、おいしい!」「焼酎開けちゃおうか」「今日はどこ行ってきたの?」――香菜さんと漁志さんが中心にいると、話題は尽きない。壱岐の神社の話から近所の定食屋の話、釣りの醍醐味に至るまで、全員が熱っぽく話し続ける。時計を見ることを忘れるほどに、笑いの絶えない、心地のいい時間だった。

 
 

みなとやの宿泊客の多くは、リピーターになるという。口コミで人が集まり続け、オープンから一年半ほどですでに、十回近くみなとやに泊まったという常連客もいる。

「好きなことできていいね、ってみんなに言われるんだけど、ほんとに忙しくて大変ですよ。でも、たしかに好きなことしてるからなあ、と思う」。漁志さんが言うと、「ね、好きだからしょうがないよね」と香菜さんも頷く。「ずっと現状維持は面白くなくなるので、少しずつ変わっていけたらと思います」。

 

なぜこんなにも、この宿に島内外の人が吸い寄せられるのか。尋ねると、少し考えて漁志さんが言った。
「来る人によって全然違う場所になるから、何度来ても面白いと思ってもらえるのかもしれないですね。壱岐には、うちだけじゃなく、面白い人も店もたくさんいるんですよ。そんな中でうちは、気軽にいろんな人と喋れて、仲良くなれる場所になっとるんやないかな。そのくらいしかできんけど、そのくらいでいいかな、と思っています」

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不完全でも、やりながら変えてゆく――海女と釣り師のゲストハウス【後編】

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