「よく、このあたりに座って本を読んだり、ボーッと考えごとをしたりするんです」
堤防から芦辺の海を見下ろして、渡辺菜津美さんは言う。近くに住む漁師に声をかけられるたびに足を止めてニコニコと話を聞く彼女は、一見、控えめでのんびりとした人に見える。

しかし彼女は、壱岐で六十年以上続く“うに”専門の水産加工会社、壱岐水産で、商品パッケージの大胆なリニューアルを提案し、主導した張本人だ。渡辺さんは営業担当の社員でありながら、商品企画からうにを使ったレシピの提案、時には、海に自らうにを獲りにいくことまでするという。

「おもしろそうなことがあると、あまり考えずにそっちに行っちゃうタイプなんです。もともと福岡の出身なんですが、壱岐に移住すると私が言い出したときも、母親は最初、驚いて信じてくれなかったですね」

渡辺さんは大学卒業後、全国転勤の仕事を経て、「地元で働きたい」という思いから福岡に帰郷。雑貨やインテリア用品を販売する会社で、三年ほど店長として働いていた。

「当時のお店が、扱う商品にとてもこだわりのあるところだったんです。そこで働いているうちに、だんだんものづくりっていいなと思うようになって。大学時代に経験したシアトルへの留学でも『日本のものづくりっていいな』と感じたことを思い出して、なにか企画や制作に携わることをしたいな、と思うようになりました」

そんなとき、創業者のひとりであった祖父の他界後、祖母が代表を務めていた壱岐水産で、若手の営業社員を募集していると聞いた。もともと高齢の祖母が壱岐にひとり暮らしをしていることが気にかかっていたこともあって、壱岐への移住には迷わなかったという。

「壱岐は母方の出身地ということもあって、小さい頃からよく遊びにつれてきてもらう場所でした。夏には海に入りにきましたし、秋は地元のお祭りに参加して、お神輿のうしろをくっついて歩いたこともあります」

渡辺さんには、壱岐に来る前からひとつ気にかかっていたことがあった。それは、若い人に薦められるようなお洒落なお土産が、壱岐にはあまりないということだ。

「壱岐水産の商品も、小さい頃から祖母に送ってもらってよく食べていて、おいしいのは知っていたんです。でも、うちの商品含め、壱岐にはなかなか、同世代の友達に買って帰りたくなるような可愛いパッケージのものがないな、と……」

なにか新しい商品を開発してみたい、という思いを抱きつつ、壱岐水産に入社。古くから付き合いのあるお客さんへの配達や島外のお客さんへの挨拶回りを始めると、自社の商品が、壱岐のなかで想像以上に愛されていることを知った。

「うにの加工は、殻や異物を取り除いたり、アルコールや塩につけたり……といった作業をすべて手作業でやるんです。壱岐水産では、時期やうにの状態によって、アルコールや塩の加減も少しずつ変えています。そういったこだわりがどの時期でもおいしい、地元の方に愛される商品につながっているということを、初めて知りました」

得意先とのやりとりを重ねるなかで、古くから愛され続けている味はきちんと残さなくてはいけないと強く思うようになった。その一方で、商品のファンには単身の高齢者が多いこともあり、「いまの量だと食べきれない」という声も聞くようになったという。

「いま、一般的な『〇〇ご飯の素』の多くは二合用だと思うんですが、うちのは三合炊きだったんです。それはたしかに、お年寄りにも若い方の家庭にもちょっと多いなと思って……。二合用にすれば価格も少し抑えられるし、商品をリニューアルしたいなと思うようになりました」

自分でゼロから商品をつくる、という経験はまったくの初めてだった渡辺さん。しかし彼女はそこから、驚くような行動力と決断力で開発を進めていく。

後編へ続く

 
 

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島で三十年間愛され続けてきた、「うにめしの素」が生まれ変わるまで──壱岐水産【前編】

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