「うちに入らんか、って言葉を真に受けたんです」。この夏に二十歳になったばかりの彼は淡々と語る。玄海酒造で製品管理を務める山内は、小学生の頃からここで働くことを決めていたという、ちょっとした変わり者だ。
それぞれのこだわりや誇りを持って焼酎と日々向き合う、焼酎の作り手たち。そんな職人たちの声を聞きに、玄海酒造を訪ねた。

 
酒蔵に一歩足を踏み入れると、米の甘い香りとツンと酸味を帯びたアルコールの香りが混じった、独特の匂いがする。
製造場の中央で二千リットルもの容量のタンクに入れられているのは、アルコール度数の調整を終え、今まさに瓶に詰められるのを待っている壱岐焼酎だ。
「作業は丁寧に」という大きな張り紙の下で、“作り手”たちはきびきびと動く。

長崎県・壱岐島で作られる壱岐焼酎は、世界の銘酒に並んで“地理的表示”の産地指定を受けている酒のひとつだ。地理的表示とは、酒類の確立した製法や品質などを評価し、原産地を特定した上で世界的に保護しようとする制度。たとえばワインならばボルドー地区で作られる“ボルドー”、スパークリングワインであればシャンパーニュ地方で作られる“シャンパン”がそれに当たる。

壱岐焼酎は島に伝わる伝統的な製法と味を評価され、ボルドーやシャンパン、スコッチやコニャック……といった華やかな酒に並んで、産地指定された“壱岐”という名前を、ラベルの上に誇らしげに掲げている。

 
そんな壱岐焼酎を作る酒蔵は、玄海酒造を含め、壱岐島の中に七ヶ所ある。二十歳の青年、山内が幼い頃から玄海酒造にこだわっていた理由は、冒頭の「入らんか」という言葉にあったという。

「小学生のとき、うちの実家に近所の人だとか親戚だとかが集まって、みんなで食事する機会があったんです。玄海酒造は近所だったので、その中に今の社長もいて。社長が“大きくなったら、うちに入らんか”って言ったんですね。お酒も入ってたし、たぶん冗談だったんだと思う。でも自分は真に受けて」

そのたった一度の言葉で、山内はすんなりと進路を決めてしまった。去年高校を卒業し、四月に玄海酒造に入社。迷いはなかった。
酒蔵での仕事にそこまで憧れがあったのか、と尋ねると、「何をやるかはほとんど知らんかったんですけど」と照れたように言う。「どっちかと言うと、島から出たくなかったっていうか……。壱岐でいい、と思っとったので」。

 
酒蔵での作業の工程は、仕込み、貯蔵、瓶詰めに大きく分けられる。
山内が担うのは、焼酎が瓶詰めされる直前の、アルコール度数の調整だ。商品の味の決め手と言っても過言ではないその作業には、苦戦を強いられることも多いという。

山内の前には、巨大な青いタンクが三つ並んでいる。前述した二千リットルのタンクを含め、そのサイズはばらばらだ。タンクには最初、アルコール度数の調整を行う前の焼酎が入っており、山内がそこに“加水”をすることで、銘柄ごとに定められた度数になってゆく。「お酒を飲む時に水で割って薄めるのとまったく同じことを、このタンクでやってるんです」。

タンクからはホースが伸び、山内が加水を行うすぐそばで、度数が整えられた焼酎の瓶詰めも並行して続いてゆく。「どのくらい加水したら何度になるかの計算が最初は瞬時にできなくて、瓶詰めの作業を待ってもらうこともありました。タンクの焼酎がなくなるまでに、自分がなかなか作りきれんくて」。

この日は度数二十二度の人気銘柄、「壱岐スーパーゴールド」が作られていた。最近まで瓶に詰める前の試飲は先輩の仕事だったが、二十歳を迎えてからは彼が行っているという。
「誕生日に初めて飲んだときは、もう、水でものすっごく薄めてもらって。初めてほぼストレートで飲んだのが、今作っとる『スーパーゴールド』でした。ひと口で喉にぴりぴりきて……ああ、アルコールってこういうんか、と」。

 

山内に酒蔵を案内してもらいながら、ふと、どうして島から出たくなかったのか、と聞いてみると、「出たことがないから、壱岐のよさとかは分からんのですけど」と彼は困ったように言う。
休みの日はどこで遊ぶの、と尋ねると、しばらく考えて「……公園?」とつぶやいた。「公園で友達と喋ったりしてると、知らん人もどんどん集まってきて交流できたりして、そういうのが結構楽しいんですよね」。

島には映画館やボウリング場、大きなゲームセンターといった娯楽施設はほとんどない。高校を卒業して福岡や東京で進学したり、就職した同級生も多いが、山内は「ずっと壱岐でいい」と柔らかく笑う。

――酒を飲めるようになって、好きになった銘柄は? 最後に聞くと、「味の違いは少しずつ分かるようになってきたんですけど、まだどれが好きかは決められてないです。……でも、酒は嫌いじゃないです」。二十歳の職人は、胸を張ってそう言った。

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一本の焼酎と、
ひとりの職人ができるまで

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