壱岐島の居酒屋やバーで飲んでいると、必ずと言ってよいほど目にするのがカウンターの向こうにずらりと並ぶ緑と青色のボトルだ。壱岐島の人たちは宴席が盛り上がると、ひと晩中でも焼酎を飲み続ける。そのときに決まって選ばれるのが、この『壱岐グリーン』『壱岐ブルー』と名づけられた本格焼酎だ。

「この焼酎が生まれたのは、昭和五八年に兄が亡くなり、私が蔵を継いだ直後のことです」

『壱岐グリーン』『壱岐ブルー』の造り手である、玄海酒造の山内賢明会長はそう語る。昭和五八年ごろは、日本酒がブームを経て日常的なお酒として定着し、次いで焼酎もじわじわと注目を浴びはじめている時期だった。特に、ライトな感覚を押し出した大分の麦焼酎が人気となり、消費者の興味も大手メーカーが造るお酒から“地酒”へと移行しつつあった。

「そんな時代でしたから、この機会に新しい商品を売り出し、壱岐の焼酎の魅力を島外の人にも知ってほしいと思ったんです。壱岐の高校時代の同級生が東京のデパートに勤めていたので、焼酎を売り出す機会はないだろうかと相談に行きました。

ちょうどそのとき、日本酒の吟醸酒を世に出したバイヤーが通りかかったので声をかけると、『日本酒に続いて焼酎もブームになりつつある。ちょうど私たちも焼酎のことをもっと勉強して、紹介したいと思っていたんです』と言う。それならばぜひ、九州各地に点在する個性的な本格焼酎を集めて売り出してはどうか、と話しました」

本格焼酎をどのように選べばよいのかと助言を求められた山内はまず、米、芋、麦、泡盛、黒糖焼酎という五つの種類(原料)の焼酎をそれぞれ扱うことを提案した。

本格焼酎にはその土地固有の歴史がある。せっかく焼酎を売り出すならば歴史の長い酒蔵の銘柄から選んだほうがよいだろうと、戦前から続いている酒蔵であること、さらに国税局において毎年おこなわれている鑑評会で三年連続優等賞を受賞している酒蔵であることを選考の条件にしてはどうかとアドバイスし、それをもとにバイヤーが三〇種類近くの本格焼酎を選んだ。

そのなかからひとつの原料ごとに一銘柄、計五本を売り出そうということになり、選考会が開催された。デパート側から集められた一五名は、日本酒に関する知識は豊富にあるものの、焼酎のことは詳しくないためバイヤーに一任したい、と言う。オブザーバーとして会に参加していた山内は意見を求められ、こんな提案をした。

「集められた焼酎はどれも各酒蔵が誠心誠意造った自信ある商品であって、そのなかから一点だけを選ぶというのは至難の業だ、という話をまずしました。しかしどうしてもひとつを選ぶなら、コップに焼酎を満杯に注いでから味を見て、そのコップの焼酎を半分にして水を入れたところでまた味を見る。そしてそれを半分にして水を入れ……ということを繰り返しやっていくといいですよ、とお伝えしたんです。そうやって水を加えていっても最後まで味が変わらない焼酎こそがよい焼酎です、と。さらにそれをお湯でやると、より違いがわかりやすくなると話しました」

担当者がすぐにお湯を沸かし、一五名はおそるおそる試飲をはじめた。するとすぐに、女性の参加者のひとりが「お湯を加えていくと、ずっと味の変わらない焼酎と、においが気になって飲めない焼酎の違いがはっきりとわかる」と言った。ほかの参加者も同じ意見だった。

そのようにして選ばれた各種類一銘柄、計五本の焼酎のなかには、麦焼酎の代表として壱岐焼酎も含まれていた。選考を経てデパートのオリジナル焼酎として扱われることになったこの焼酎は、壱岐島の海をイメージしたブルーのボトルで売り出されることとなった。

 
 
 

焼酎を新しく売り出す際には、税務署に届け出る必要がある。東京のデパートで扱われることとなったこの壱岐焼酎はたちまち福岡国税局で話題となり、署長から「せっかくなら、地元・壱岐でも販売してはどうか」と提案があった。デパート側も壱岐での販売を快諾し、この焼酎は、いわば逆輸入のかたちで島内でも売り出されることとなった。

「うちの酒蔵の社員たちははじめ、『これは壱岐ではあまり売れないと思います』と言いました。というのも、地元・壱岐ではすでにほかの焼酎がデパートのオリジナル焼酎よりもすこし安価で売られていたからです。けれど実際に島内での販売をはじめてみたところ、これがなんと飛ぶように売れました」

この焼酎の人気をあと押ししたのは、島内の人たちよりもむしろ観光客だった。当時、壱岐島内の居酒屋やバーで飲まれるお酒はウイスキーが定番で、焼酎は飲む人がいても隅のほうに追いやられていたという。
しかしこの爽やかなボトルの焼酎は観光客の目を引き、「あのボトルはなんですか?」と尋ねて焼酎を飲むという人が急増した。観光客からしてみれば、ウイスキーはいつでもどこでも飲めるのだから、せっかく島に来たなら地酒を飲みたい、ということだった。

後年、この焼酎、『壱岐ブルー』の人気に続くようにして生まれたのが、姉妹品の『壱岐グリーン』だ。度数を二五度から二〇度に下げて売り出した『壱岐グリーン』はすぐに評判となり、いつしか島内の宴席の主役として定着した。

「焼酎には飲みかたが二通りあります。ひとつは度数の高いお酒を、食前酒や食後酒としてちびちびと味わうという飲みかた。そしてもうひとつは、度数が低めのお酒を細く長く、じっくりと楽しむという飲みかたです。壱岐の人たちはいちどお酒を飲むと延々と飲み続けますから、二〇度の『グリーン』は特に肌に合ったのでしょう」

『壱岐ブルー』『壱岐グリーン』のラベルには、“地の恵みを醸し/伝統技法で蒸留した本格焼酎は/人々の気風を映す風土の酒/豊かな風味は自然そのもの”という言葉が刻まれている。ブルー・グリーンはまさに“風土の酒”だ。きょうも島内の居酒屋やバーでは、この焼酎が選ばれ続けている。

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一本の焼酎ができるまで──壱岐ブルー・グリーン編

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