英語圏に、「Brahms and Liszt(ブラームスとリスト)」というスラングがある。これは「酔っぱらい」を意味する言葉で、「Liszt」と「pissed」(俗語で「酔った」)という言葉をかけた言葉遊びだが、音楽家、ヨハネス・ブラームスは実際に相当の「酔っぱらい」だったという証言が残っている。

生涯独身を貫いたブラームスは、作品が人気を博し経済的な成功を手にしたあとも質素な生活を続け、「赤いはりねずみ」という名のウィーンの行きつけのレストランで、昼からワインと料理に舌鼓を打つことを習慣にしていた。ブラームスは死の直前までワインを愛飲し続けたという。

……そんな彼のように、偉大な音楽家の中にはお酒をこよなく愛し、創作の友として必ずお酒を傍らに置いていた人物も少なくない。

 
 
交響曲の大家として知られるオーストリアの作曲家、アントン・ブルックナーもそのひとりだ。大のビール好きだったブルックナーは、毎晩決まった時間にビアホールに現れると十杯ほどのビールをひとりで飲み干し、医者に止められても決して飲酒をやめなかった。

そんなブルックナーは、一度、お酒の席での“大失敗”を経験している。彼は一八七三年、敬愛する作曲家のリヒャルト・ワーグナーに自分のつくった交響曲の「第二番」か「第三番」のどちらかを献呈したいと考え、ワーグナー宅を訪問した。ワーグナーは一度は彼を門前払いしたものの、その楽譜に目を通すとすぐに考えを改め、ブルックナーを連れ戻し「すばらしい才能だ」と称賛した。

気分がよくなったワーグナーは客人であるブルックナーをもてなし、次から次へとビールを飲ませた。すっかり酔っぱらい、翌日目を覚ましたブルックナーは青ざめた。なんと、泥酔のあまり、「第二番」と「第三番」のどちらの交響曲の献呈をワーグナーが受け入れてくれたのか思い出せなかったのだ。
恐る恐る「トランペットで主題が始まるニ短調交響曲のほうでしょうか」とワーグナーに手紙を書くと、「そうです! どうぞよろしく!」という軽妙な返事がきて、ブルックナーはほっと胸を撫で下ろしたという。

 

ブルックナーとワーグナーの話はまるで冗談のようなエピソードだが、いつの時代、どの国でも、音楽家たちが交情を結ぶのにお酒は欠かせなかったようだ。
「ゴジラ」シリーズなどの映画音楽を手がけたことで知られ、日本の音楽界を牽引した作曲家のひとりである伊福部昭も、駆け出しのころ、しばしば恩師や仲間たちとお酒を飲み交わしていた。

一九三〇年代に来日し、さまざまな若手音楽家の指導と育成にあたったロシアの作曲家・チェレプニンは伊福部に特に目をかけ、レッスンが終わるとバーで酒をふるまいながら、「酒を飲まずに歴史を創った男はいない、きみは酒が飲めるからよい作曲家になれる」と決まって伊福部を励ましたという。

そんな伊福部は日本酒からワイン、コニャックまであらゆるアルコールを飲んだが、特に、土地の歴史に根付いたお酒を静かに味わうことを愛していた。「真にグローバルたらんとすれば真にローカルであることだ」というのが、彼の創作の上での信条だった。伊福部はあらゆる作品というものを、「民族の特殊性を通過することで初めてインターナショナルになりうる」と捉えていた。

二〇一七年にオーストリアの大学の研究チームが発表したある研究によると、少量のアルコールを飲むことは、人の創造的な問題解決能力を向上させることにつながるという(その代わり、実務能力はやや低下するという研究結果も同時に出ている)。

当然ながら、過度な飲酒はむしろ創造力の邪魔をするだけでなく、ブルックナーの例のように、取り返しのつかない失敗さえも招きかねない。……しかし、偉大な作曲家たちが生み出した音楽に耳を傾けていると、その背景に彼らが愛してやまなかったお酒が存在するということに、感謝せざるをえない気分になってくる。

【壱岐のあれこれ#32】

今回の「壱岐日和」は、歴史上に名を残した偉大な音楽家たちとお酒の関係にまつわるお話でした。……ところで、本格焼酎好きの皆さんが、いちばん好んで聴く音楽のジャンルは何でしょうか? そんなの人それぞれだろう、というご意見もあるとは思いますが、ここですこし意外なデータをご紹介しましょう。

酒文化研究所が二〇〇四年におこなった「飲酒実態調査」の中で、好きな音楽と「もっとも好きな酒」に関するアンケートを一〇〇〇名にとっています。その中で、本格焼酎好きの方にはジャズと演歌を好む人が多い、という結果が出ているのです。もちろん、この結果だけでジャズ・演歌ファンと本格焼酎ファンとの関係性を軽々しく論じることはできませんが、ジャズと演歌はどちらもその土地に根ざした長い歴史を持つ音楽。土地の豊かさが育む本格焼酎を愛する人がそれらの音楽に惹かれるというのは、どこかうなずけるような気がします。

夜、ひとりで好きな音楽に耳を傾けるときのお供におすすめなお酒は、本格焼酎のロック。玄海酒造のお酒の中では、「壱岐スーパーゴールド22」「壱岐スーパーゴールド33」のふたつが特にロックに合います。ちびちびと上質なお酒を味わいつつ音楽を楽しむ幸せな時間を、ぜひお宅で過ごしてみてください。

(参考文献……・『ブラームス』西原稔
・『作曲家 人と作品シリーズ ブルックナー』根岸一美
・『伊福部昭の宇宙』相良侑亮 編)

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お酒と「音楽」の幸せな関係

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