お酒好きな方にとって、飲むことはごく自然な日常のひとコマだろう。しかし、歴史を辿ってみると、日本のなかでお酒は長らく祝事や慶事──つまり“ハレの日”限定で楽しむものであったことが見えてくる。きょうは、すこしだけそんな歴史をふり返ってみよう。

そもそも、「酒」という言葉が生まれた由来には、「栄の水」の「サカエ」が省略されて「サケ」になったという説や、「栄のキ(お神酒の「キ」)が」詰まって「サケ」になったという説、はたまた、邪気を「避ける」という言葉が「サケ」につながったという説──などがある。いずれの説においても、日本では「酒」という言葉は古くから、とても肯定的なものとして捉えられてきたようだ。

「お神酒」や「邪気を避ける」という言葉が由来のなかに見られることからもわかるように、お酒と宗教儀式との関わりは深い。日本では遅くとも奈良時代までには麹を使った酒造りがおこなわれていたことが判明しており、そのころにはすでに、お酒は穀物の豊かな収穫や無病息災を願う神への供え物の役割を果たしていた。

 
 
しかし、そのような神事、あるいは慶事・祝事の場を除けば、当時はまだお酒を飲むことができるのは朝廷や武家などの限られた人々だけだった。飛鳥から奈良時代を生きた歌人であり、『万葉集』の編纂に携わった大伴家持の父でもある大伴旅人は、その“限られた人々”のひとりだ。

無類の酒好きで知られていた旅人は、晩年、太宰帥(長官)として大宰府に赴任する。天平二年(七三〇年)の正月、自宅に官人らを招いて宴を開いた旅人は、即興で「酒を讃める歌」なる和歌を十三首詠んだ。

その十三首は、「価無き宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも」(訳:値をつけられないほどの宝と言えど、一杯の濁り酒に勝ることがあろうか)、「あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見れば猿にかも似る」(訳:ああみっともない、利口ぶって酒を飲まない人はよく見れば猿に似ている)──といった調子で続く。

いかにも酒飲みらしい、思わず笑ってしまうような歌ばかりだが、じつはこの日に開催された「梅花の宴」で詠まれた歌は万葉集に収録されており、そこに寄せられた序文が元号「令和」の選定元にもなっている、ということには注目したい。この序文には「膝を近づけ合い、互いの心の許すままに盃を交わして酒を飲んだ。こうなればもう、言葉などいらない」という意味の一文があり、当時もいまも、酒宴の空気というのはまったく変わらないものだ──ということが見えてくる。

 

お酒は鎌倉時代以降になるとようやく庶民に普及し、祝事・慶事はもちろん、現代に生きる私たちと同じように、仕事の疲れを癒やすためにちょっと一杯……という飲み方も一般的になった。

時は進み永禄二年(一五五九年)には、鹿児島県伊佐市の郡山八幡神社でおこなわれた補修工事の際、宮大工によってされたこんな意味の“落書き”の木片が残っている。「座主がケチで、自分たちに一度も焼酎を振る舞ってくれなかった」。
──まさかこのなにげない落書きをした宮大工も、自分の愚痴が五〇〇年近くの時を超えて残り続けるとは思わなかっただろう。しかし、お酒の恨みというのはなんと怖いものだ、と思わず苦笑いをしてしまう。

江戸時代以降、居酒屋文化がすっかり根づいた日本では、お酒はハレの日・ケの日という境目なく飲まれるものになった。しかし、いまでも神事の際にお酒を捧げる「お神酒」の文化が残っているのはもちろん、正月や記念日、誕生日といった祝いの場ではお酒は脇役から主役に躍り出て、いつも以上に楽しく飲み交わされる。
そんな“ハレの日”にとっておきのお酒を味わう際には、日本に伝わる酒宴の歴史にも、すこしだけ思いを馳せてみてはいかがだろうか。

【壱岐のあれこれ#29】

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麦焼酎発祥の地、長崎県・壱岐島の代表的な“ハレの日”といえば、やはり毎年、春秋の祭りで奉納される「壱岐神楽」でしょう。約七〇〇年の歴史を持つこの神楽は、他の地方の神楽と異なり、神楽舞も音楽も神職ばかりで奏されることからきわめて神聖視され、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。

この壱岐神楽のなかに、「神酒保賀比(みきほがい)」という舞があります。この舞は、「酒の徳を讃え、礼代の御神酒を献じて恩頼を蒙ろうとする舞」なのだとか。もちろん、神楽で捧げた御神酒は祭りのあと、みんなで頂きます。“酒の徳を讃える”舞が神楽の中に織り込まれているのは、なんとも壱岐島らしさを感じる伝統です。


(※参考文献……横田弘幸『ほろ酔いばなし 酒の日本文化史』
宮崎正勝『知っておきたい「酒」の世界史』
山内賢明『壱岐焼酎 蔵元が語る麦焼酎文化私論』)

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“ハレの日”とお酒の歴史

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