正直、酒と言えばワインだと思っていた。豊かな味わいに香り、酸や渋みも楽しめる。キリッとした日本酒も好きだが、ワインの風味には敵わない──。そんなふうに考えていた。

 
壱岐という関東圏ではあまり耳慣れない島への出張を言い渡されて、まずしたのは「壱岐島 バー」で検索することだった。予想はしていたが、あまり情報が出てこない。数件ヒットしたが、口コミサイトを見る限り、どれもバーと言うよりスナックのようだ。仕方ない、その日は適当に島内のスーパーでつまみでも買って、ホテルで晩酌するか。

 
 
 
オフ・シーズンに訪れた壱岐島は観光客も少なく、ひっそりとしていて海も静かだった。東京から移住してきたばかりの得意先の企業の社長は、僕の顔を見るなり「な、いいとこだろう」と笑う。「勘弁してくださいよ。こんな遠くに来られちゃうと、飲みに誘えなくて困りますよ」と半分本音の軽口を叩きながら彼の顔を見ると、心なしか半年前よりも日に焼けたようだった。

 
商談をひととおり終えたころ、「そういえば」と彼が言う。「魚と焼酎がうまい店があるんだ。帰るのは明日なんだろ? 行ってみろ、このあと」
焼酎には明るくなくて、と断ろうとしたそばから、店に電話をかけられてしまう。「開いてるってよ」と満面の笑みで言われ、仕方ない、と腹をくくった。

 
 

強引に誘ってきた本人が「子どもの誕生日で俺は行けないんだよ」なんてあんまりじゃないか、と思ったが、店はすぐに見つかった。細い坂道の真ん中あたりに、白っぽいちょうちんが灯っている。

 
ためらいながら中に入ると、女将が明るい声で「さっきのお電話の」と席に案内してくれた。
「社長さんがね、せっかく壱岐に来たから、たんと飲ましてやれって」。社長が払ってくれるわけでもなかろうに、と苦笑いしながらカウンターの上に目をやると、キープされた麦焼酎のボトルがずらりと並んでいる。そういえば、ここは麦焼酎発祥の地だと聞いたのを思い出した。

 
 
 
焼酎というものが世間で一気に持て囃されたのは、たしか十年以上前のことだ。芋焼酎を中心とした焼酎ブームが過ぎ去ったあと、ナチュラルワイン、クラフトビール、クラフトジン……と手を変え品を変え、さまざまな酒が流行した。
いちど流行った酒にはなんとなく手を出しづらいというひねくれた気持ちもあって、うまいクラフトビールがあってさ、希少なジンが手に入って、なんて話を友人から聞いても、あまり耳を貸さなかったように思う。

 
つまみをひととおり頼んだあと、島の人がよく飲むという壱岐の麦焼酎を薦められ、まあ一杯くらいは、と注文した。

 
「飲み方はどうされますか?」
「ツウはどうやって飲むんですかね」
「いろいろいらっしゃいますけどね。ロックでもいいし、水割りでもいいし、ソーダで割っても……」

女将の後ろから、常連と思しき男が赤い顔を出す。「お兄さん、どれでもいいとよ。焼酎はめいめい好きに飲むもんだから」

じゃあロックで、と頼むと、すぐに氷と焼酎瓶がテーブルにやってきた。氷を入れたグラスに、縁からそっと焼酎を注ぐ。ひと口飲んでみると、あまりに癖がなくてハッとした。麦は芋のような変わった香りがないぶん、深みもないだろうと先入観を持っていたが、ウイスキーのような芳醇な香りと味わいがある。

飲み干してしまい、二杯目に迷っていると、お湯割りもいいですよ、と女将に教えられた。せっかくの味わいが感じられなくなってしまうのではと渋い顔をすると、「おいしい焼酎なら、二:八くらいに薄めてもしっかり味が感じられるんですよ」と言う。すこし驚いたが、まだ外が寒いことを思い出し、お湯割りを頼んだ。

 
 
 
ロック、お湯割り、変わり種で焼酎カクテル……と飲み続け、気がつけば夜もだいぶ深まっていた。店主も「よく飲む人が来るとうれしいねえ」とにこやかに酒を薦めてくれる。
島には焼酎の蔵が七つあると聞いて、やっぱり一国一城という感じで、どの蔵もライバル同士なんですかね、と言うと、笑いながら否定された。

「造り手同士がいっさい交流しない、なんていうのはずっと前の時代の話ですよ。熱心な造り手ほど、壱岐に限らずいろんな酒蔵を見て回ってる気がしますけどね」

 
そうなんですか、と相槌を打ったあと、「うまいですね」と初めて素直に声に出した。そりゃあよかった、と女将に笑顔を向けられ、ついこちらまで微笑んでしまう。
「元気なときは生、ちょっと疲れたときはロック、二日酔いのときはお湯割りがいいんだよ」。そう常連客に絡まれ、狐につままれたような気持ちになった。どっちにしたって飲んじゃうんじゃないですか、と言い返しながら、次の一杯のことを考えていた。

【壱岐のあれこれ #22】

ストーリーの中に登場したように、本格焼酎はロック、ストレート、水割り、ソーダ割り、お湯割り……とさまざまな飲み方を楽しむことができる懐の深いお酒です。食中酒として優れている焼酎は比較的どんな食べ物とも相性のいい優等生ですが、ここで組み合わせ方の一例をご紹介しましょう。

焼酎をロック、もしくはストレートで飲む場合は、赤身の肉や魚を使った冷製料理がお薦め。焼酎本来の旨味がしっかりと感じられる飲み方には、お酒に負けない滋味のある食べ物が相性抜群です。
水割りの場合は、さっぱりとした夏野菜や香味野菜と合わせると、爽快感のある香りと味わいが引き立ちます。ソーダ割りは、飲みやすいのでなんでも合ってしまいますが、焼き鳥や唐揚げなどの揚げ物と一緒にいただくと、油っこさを感じずにさっぱりと食事を楽しむことができます。

ストーリーの中で登場したのは、本格麦焼酎の中でも特に癖がなく飲みやすい壱岐焼酎、壱岐スーパーゴールド。さまざまな飲み方と、料理とのマリアージュも楽しみながら味わってみてください。

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次の一杯

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