壱岐の玄関口である郷ノ浦港からほど近く、飲食店が立ち並ぶエリアに、その店はある。オレンジ色の提燈と年季の入った看板が、控えめながらも目印のように灯っている。

 
「ここは古いよ、石器時代からやってるからね」と歯を見せて笑う男が、店の大将だ。また言ってる、と隣で女将さんが眉をひそめる。居酒屋「ときわ」は、四十年以上ものあいだこの地で愛され続けている名店だ。

 
「私はこの人に騙されたとよ」「そう、騙した」。いつも軽口を叩き合っている仲のいいふたりは、中学時代からの幼馴染だという。一度は壱岐を出て、福岡で飲食店を開くことを考えていたが、親が病に倒れたことがきっかけで島に戻ってきた。
「お父さんは、料理嫌いって言うけどもともと上手かったとね」。そう女将さんが言うとおり、昭和五十年代にはまだ珍しかった居酒屋を開店すると、すぐに人気の店となった。

 
馴染みの客の中には、小中学校の先生が多い。わけを聞けば、店を開いたばかりの頃、生徒の部活指導を終え疲れて帰ってくる先生たちに、安く食事を振る舞っていたからだという。

 
「当時はお弁当屋さんもなかったから、すぐ満員になっちゃうの。いいから五百円だけ置いて帰り、って」。店から人が溢れかえるあまり、すぐ近くの夫婦の自宅で食事を出したこともあった。
「ときわ」で知り合って結婚した教師や職員たちを、夫婦は何組も見てきたという。何人もここで出会わせたんだから、キューピットよ、と世話好きの女将さんは言う。

 
壱岐の人たちは皆、よく飲み、よく食べる。
週末や新年会、歓送迎会の季節は大賑わいになり、朝までお店を開けることも少なくないそうだ。壱岐の七酒蔵の焼酎はすべて置いてあるが、それもすぐに空いてしまう。人気メニューだという水餃子とすり身揚げは、ボリューム満点ながらもやさしい味つけで、ついつい箸が進んでしまう。

 
いちばん人気のメニューを聞くと、「そんなものはない」と謙遜する大将の横から、「皿うどんね」と女将さんが口を出す。長崎の本島の皿うどんとはまったく違うというのでそれを頼むと、たしかに、見た目から違う。麺が太いのだ。ぱりっとした細麺ではなく、ちゃんぽんのような麺を使うのがときわ流だという。

 
ひと口食べてみると、この太麺に、少し甘めの味つけのあんがよく合う。歯ごたえのある玉ねぎの食感がアクセントになって、飽きの来ない味だ。「おいしいでしょう。長崎から来る人もね、長崎のよかおいしいって言うと」。

 
「ときわ」には地元の客も多いが、同じくらい、出張で立ち寄る客が多いという。「福岡とか東京で働いてて、仕事で壱岐に来たらここに寄るって決めてくれてる人が多いとね。みんなただいまーって来てくれる」。
開店当初は五万人いた壱岐の人口も、今では半数近くになった。「ときわ」がある郷ノ浦の飲食店街も、暖簾を下ろす店が徐々に増え、二十年前、三十年前ほどの賑わいはない。
それでも、「ときわ」の客は減らないという。島の内外を問わず、昔と変わらない顔ぶれが、変わらない夫婦に会いに来る。

 
「うちはこの街でいちばん古いし、人も古いし」「カウンターも四十年前から改装してないとよ」「そう。だから遠くからわざわざ来るような店じゃあないんですよ」。
冗談とも本気ともつかない口調で夫婦は言う。その後ろから、暖簾をくぐって、「お母さんお父さん、いい?」とまたひとり客が入ってくる。

 
 
【居酒屋ときわ】
住所……〒811-5135 長崎県壱岐市郷ノ浦町郷ノ浦164
営業時間……17:00~22:30
定休日……日曜日

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「ただいま」の似合う店―居酒屋ときわ

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