麦焼酎発祥の地、長崎県・壱岐。この島では毎晩毎夜、どこかの家庭や店で、家族や友人、同僚たちと、焼酎が酌み交わされている。ひと晩にひとりが焼酎の瓶を一本開けるのはごく普通のこと。それほど、この島の人たちは壱岐焼酎が好きだ。
ある夏の一夜、壱岐島のさまざまな場所で、さまざまな人たちが交わす“乾杯”を追った。

 
 

午後七時。地元の人に人気の居酒屋を訪ねると、襖の奥から子どもたちの賑やかな声が聞こえた。今日は、父親、晃生こうせいさんの誕生日を家族四人で祝いにきた、という。「パパ、お誕生日おめでとう!」の号令で、家族だけの小さな誕生日会が始まった。

 
 
「今日ね、給食皿うどんだった。いちばん最初に食べ終わった!」
「跳び箱、初めてなのに縦も横も跳べたんよ!」
小学生と幼稚園生の姉妹ふたりの一日の報告を聞きながら、晃生さんはニコニコと笑う。昼間は玄海酒造の製品管理部で職人らしい鋭い眼差しを見せる彼だが、娘たちの前では一転、優しい“パパ”だ。

妻の恵さんとお姉さんの愛舞らぶちゃんは、晃生さんの好きなところを「まじめで頑張り屋」なところだと言う。「パパはね、休みの日は掃除もするし、料理も洗濯もする」と愛舞ちゃん。ふたりとも本当にパパっ子で、と困ったように話す恵さんは、それでもどこか嬉しそうだ。

友人や同僚との飲み会は、焼酎で始まり焼酎で終わるのがお決まりだと晃生さんは言う。この夜も定番の焼酎をロックで飲みながら、家族の話に耳を傾ける。

「パパのどこが好き?」
お母さんにそう聞かれた妹の優姫ゆうびちゃんが照れたように下を向いて「……くち」と言うと、家族三人はどっと笑った。

 
 
 

午後八時。最初の一軒からほど近い、郷ノ浦の和食料理店で夕食を楽しんでいたのは、大分から観光旅行に来たかずさんとまいさんだ。

壱岐を訪れるのは初めてのふたり。お酒に強いかずさんはロックの焼酎を、まいさんはハイボールを一杯目に選び、「じゃあ、壱岐に乾杯!」と声を合わせる。

 
 

かずさんとまいさんは、同じ職場の十年来の友人。たまに同じタイミングで休みがとれると、すこし足を伸ばしてふたりで旅行に出かけるのだという。

「いつも、なんっにもプラン決めないで来ちゃうなあ」とふたりは言う。今回の壱岐旅行も、お酒を飲んで美味しい料理を食べるという予定以外は、なにも決めていなかったそうだ。
「でも結局、今日は辰ノ島も行けて、旅館のお風呂にも入って、猿岩も見られて完璧だったね」。まいさんが笑うと、「壱岐の人、タクシーの運転手さんもホテルの人もみんないい人で」とかずさんがグラスを傾けながら言う。人懐っこく優しい雰囲気のまいさんとしっかり者で姉御肌のかずさんは、傍から見ていても絶妙なコンビだ。

 

テーブルに次々と運ばれてくる壱州豆腐や刺し身、壱岐牛のローストビーフに「うまい!」「幸せ」と舌鼓を打ちながら、お酒も徐々に進んでいく。
「こんな向かい合ってご飯食べるの変な感じやなあ」とまいさんがポツリとこぼすと、かずさんも「ほぼ毎日会ってるし、もう見飽きたわ」と長年連れ添った夫婦のようなことを言う。「見飽きた、見飽きた」と笑いながら、ふたりは楽しそうに互いのグラスに焼酎を注ぎ合っていた。

 
 
 

港町・勝本の居酒屋。ばらばらと集まってきたのは、マグロ漁を終えた漁師たちだ。朝が早い漁師たちは翌日が時化の夜にだけ、仲間うちで酒を酌み交わすという。
全員が揃ったのは午後九時。凄腕のマグロ漁師として有名な「五郎丸」こと五郎さんが声をかけ、三十代から四十代の若手漁師が集まった。全員のグラスに焼酎が注がれたのを合図に、「お疲れさま」と静かな宴会が始まった。

 
 

「土地柄、昔から漁師のお客さんが多いんですよ」と店主が話すとおり、店には新鮮な刺し身はもちろん、魚味噌の焼きおにぎりや海藻の天ぷらといった港町らしいメニューがずらりと並ぶ。
ベテラン漁師のマサさんが刺し身に手を伸ばしながら、「マグロ釣れなかった日にマグロ食うんは、なんかなあ」と笑った。

 
 

漁師には、今日は釣れないと思ったら潔く引き上げてくるタイプと、沖で夜までじっと粘るタイプがいるという。飲み会の最後にやってきた漁師五年目のジュンさんが「諦めが悪いとよ」と、眠そうな目をこすりながら言うと、五郎さんが「結局、粘るやつがいちばん偉いんよ」とつぶやいた。
マグロ漁は釣れないときのほうが多い。この夜は、全員の釣果があまり振るわなかったようだ。「釣れた日に飲む酒と釣れない日に飲む酒はもう、グラスの重さが全然違うわ」と笑いながら、五人は次の漁に向けて作戦会議を始めていた。

 
 
 

壱岐の夜は短い。午後十時になるとほとんどの店の灯りは消え、島の中心街である郷ノ浦を歩く人の数も、ぐっと少なくなる。
そんな中、一軒のスナックの前を通りかかると、中から賑やかな音楽と話し声が漏れてきた。「ひかり」と書かれたその扉を、好奇心とともに開けてみる。

 
 

中では、店の名前と同じ“ひかり”ママが、地元の常連客と談笑していた。ママはきびきびと動きながら、常連客がカラオケを歌い始めると、にこやかに合いの手を入れる。「顔がいいからサービスしちゃう!」と茶目っ気たっぷりにお通しを出すママの周りからは、常に笑い声が絶えない。

 

ひかりママは、スナックを開く前は店からすこし離れた港町で海女をしていたという。
「海女をやめて、違う街に行きたくなってここに来たの。海女からスナックのママだなんて、なかなか人に歴史ありでしょう。でも、いまは壱岐中のいろんなところからお客さんが来てくれるから楽しくて」。ママはそう言って、焼酎の水割りを作りながら妖艶に微笑む。
ママの「乾杯」の声にグラスを合わせると、カウンターに並んだ常連客たちも皆、口々に「乾杯」と言いながらグラスを高く掲げた。

 
 
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【7/1は壱岐焼酎の日】

毎年七月一日が、「壱岐焼酎の日」として日本記念日協会に登録されていることをご存じでしょうか。
これは、一九九五年七月一日に壱岐焼酎がWTO(世界貿易機関)の「地理的表示の産地」に指定されたことに由来しており、壱岐では毎年、七月一日の午後七時一分に、一斉に“壱岐焼酎で乾杯”をおこなうイベントも開催しています。今年も七月一日の七時一分、壱岐のあちこちで“乾杯”の声が響き渡りました。
来年以降もこの“壱岐焼酎で乾杯”イベントは開催予定です。七月一日の夜はぜひ、壱岐まで足は伸ばせなくても、壱岐焼酎をグラスに一杯注ぎ、気の合う友人たちと“乾杯”してみてはいかがでしょうか。

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壱岐焼酎の一夜

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