長いあいだ、俺は佐原が苦手だった。

 
第一に、同期のなかでもずば抜けて仕事ができる。そのくせ、上からも下からも褒められれば困ったように笑ってさらりと相手を褒め返すから、気どらないいいやつだ、なんて言われている。
顔立ちも、どちらかと言えば整っているほうで、変にしゃれ込みすぎていない。結婚するなら佐原さんがいい、と女性社員が話しているのを何度か聞いたことがあるし、彼の悪口を言っているやつなんて見たことがない。

 
だからこそ、佐原が嫌いだ、なんて言おうものなら、社内どころか取引先からも非難轟々になるのは容易に想像がつく。
実際、前に一度だけ「あいつはなにを考えてるのかさっぱり分からなくて怖い」と周りにぽつりと漏らした俺は、それから丸三日は白い目で見られ続けたのだった。

 
 

 
「まあ、飲んでよ」
佐原はビールを俺のグラスに注ぎながら、立て看板に書かれた「本日のおすすめ」をちらりと見た。すいません、いかうにお願いします、と店員に声をかける。

 
「前、全社の飲み会でうに好きって言ってたよね」
そう言ってお通しをつまむ佐原の涼しい横顔を見ていると、つい舌打ちしたいような気分になってしまう。そんな些細なことまでまめに覚えているやつが、人に好かれないわけがない。

 
 
佐原に今日一杯どう? と聞かれたときは、当然のようにほかの社員を交えた飲み会だと思った。佐原以外の同期ふたりは営業先から直帰すると聞いていたから、後輩でも誘うのかと思ったのだ。
「空いてるけど、ほかは?」
俺がそう聞くと、佐原はいやいや、と手を横に振る。「サシでどうかと思ったんだけど」と笑われて、空いてる、と先に言ってしまったことを後悔した。

 

 
「長崎行ったことある?」
「出張で一回あるけど、観光とかはないかな」
「俺、もともと生まれが長崎の島でさ。ここ、長崎の名産の居酒屋なんだけど、前に吾郎さん海鮮好きって言ってたからいいかなと思って」

 
そう言って魚のすり身を口に入れた佐原は、ああうまい、と屈託なく笑う。人気店のようで、周りのテーブルもざわざわと賑やかだ。佐原はネクタイを少し緩め、「俺、酒好きだけど弱いんだよな」と赤い顔で言う。
そうだっけ、と相槌を打ちながら、こいつと向かい合って飲むのは入社したときの研修以来じゃないか、と不意に思い出した。

 
「吾郎さんと飲むのはあれだ、研修以来だ」
「そうだな」
「研修の最後にプレゼンさせられたの覚えてる? あのとき俺、すごいできるやつが同期に入ってきた、と思って悔しかったんだよなあ」

 
嘘つけ、と口に出そうか迷った。プレゼンは佐原のほうがはるかに評価が良かったし、俺のアイディアは直属の上司にボロボロに貶されたのだ。
視野が狭い、実現可能性を考えていない、学生気分で企画を出すな。いまでも思い出すと暗い気持ちになるような評価を受けて、帰ってひとりで一杯やろうと思っていたとき、飲みに誘ってきたのが佐原だった。

 
「あのとき佐原、俺のことすごい褒めたよな」
そう言うと、佐原はわずか二杯の酒で真っ赤になった顔で頷いた。いまはもう辞めてしまった直属の上司の名前を出して、「俺、視野が狭いのは武藤さんですよって言おうか迷ったんだよ、あのとき。吾郎さんのプレゼン面白かったよ」などと言う。

 
店員が運んできたいかうにを舐めながら、「俺さ」と口を開いた。
「馬鹿にされてるんだと思ったよ、あのとき」
そう言ってちらりと佐原を見ると、目を丸くして硬直している。

 
「……馬鹿に? なんで?」
「自分よりすごいやつが自分のこと『すごいすごい』って言ってきたら、誰だってそう思うだろ」
ひと息でそう言い切ったあと、すぐに後悔した。さすがにいまのは嫉妬丸出しじゃないか、格好悪すぎると思って、二杯目の焼酎をぐっと飲んだ。

 
佐原はしばらく黙ったあと、空いた俺のグラスを見て店員に声をかけた。
「同じの一杯ずつ」
店員が戻っていったあとも、佐原は無表情のまま下を向いている。怒らせたかもしれない、と思ったそのとき、彼が口を開いた。

 
「そういうのやめたほうがいいぞ、って昔、友達に言われたことあるんだよね」
「……なにが?」
「相手のグラスが空いたらすぐに気づいて注文するとか、そういうのいやらしいからやめろよって」
「……なんだそれ。むしろ助かるだろ」
「俺もずっとそう思ってたんだけど、そういう“さも気を遣ってる”みたいな振る舞い、なんかいやな感じだぞって。大学のときいちばん仲がよかったやつに言われたから、なんか結構ショックだったんだよね」

 
内心、ああそうだ、と思う。俺はおまえのそういうところが、本当に嫌いだ。
「俺、変に人に気遣うし、器用貧乏だからさ。そういうことはっきり言えるやつ憧れるんだよ」
「なんだそれ」
「俺、だから吾郎さんと話すのも楽しいんだよな」
佐原がそう言って顔を上げたとき、店員が大きな炭火焼きの台を抱えてテーブルにどん、と置いた。

 

 

「なんだこれ」
「鯛」
「なんで飲み会の最後に鯛頼むんだよ」
俺が眉をひそめると、佐原は「さっき吾郎さんがトイレ行ってるとき頼んだ」と心底楽しそうに言う。

 
こんなのふたりじゃ食えないだろ、とホイルを剥がしながら、気づけば俺も少し笑っていた。
やっぱり佐原はおかしなやつだ、と思う。本当にたまに、年に三回くらいなら、また、飲みに誘ってもいいかもしれない。
 

【壱岐のあれこれ #15】

焼酎党の方は普段、どんなものを“酒のアテ”にされているでしょうか。壱岐焼酎を名産とする長崎県壱岐島では、食べものの名産品のなかにも、焼酎と相性のよいものが数多くあります。
たとえば、いかの身のスライスにうにを和えた「いかうに」もそのひとつ。いかのコリコリとした歯ざわりとうにの濃厚な甘さが同時に楽しめ、麦焼酎にも抜群に合う逸品です。

また、壱岐産の木綿豆腐である「壱州豆腐」も、壱岐の居酒屋では定番のメニュー。普通の木綿豆腐よりもひと回り大きく、独特な固めの食感が、やわらかい豆腐よりもお酒に合うと人気です。
壱岐島を訪れてふらりと居酒屋に入った際は、ぜひ、壱岐が誇る“酒のアテ”を味わってみてください。

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苦手な同期、好きなアテ

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