電話をとって、母はひと言目にあらまあ、と言った。
「どがんしたとこんな急に。あんたはいつも突然だけん」
「あのさ、うち、年越しに昔よく鍋作ったでしょう。あのレシピ教えてくれない?」
母はちょっと驚いたように「鍋?」と言って、はいはいあれね、と笑った。

 

携帯電話を片手に、メモを探す。電話越しに母が、「よく覚えてたねえ」と感心したような声を漏らした。

「あんたが言っとるのは、ひきとおしよ」
「ひきとおし?」
「うちで大晦日に作っとった、鶏の鍋のことやろ」
「あ、そうそう。最後にそうめん入れるやつ。……あれ、なんでそうめんなの?」
「知らんわよ。壱岐でしか作らんもんねえ。なしてそがんもん作るの?」
「なんとなく、友だち呼んで鍋したくなって」
「変な子ねえ」
母はそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。

 
 

「まず、ゴボウばささがきにして、アク抜きして」
「……なに? ささがき?」
「やだあんた、ささがきも知らんの。親の顔が見てみたいわ」
「お母さんやろ」
わたしが言うと、母はふふ、と笑い声を漏らした。

「けど、ひきとおしなんて今どき、そがんしょっちゅう作らんよ」
我が家は家族も親戚も多かったから、たまたま人が集まるときにはよくひきとおしを作っていたのだ、と母は言う。

「あいは、人ば家の奥まで“引き通し”てもてなすっていう、壱岐に昔からあるおもてなしの料理だけんね。あんたもお姉ちゃんも出てってからは、もうずいぶん作っとらん」
「へえ……。あ、お姉ちゃんと先月、久しぶりにごはん食べたよ」
「知っとるよ。どっかの娘とは違って、お姉ちゃんはちゃんと電話もメールもしてくるっから」
苦笑いするわたしをよそに、母は淡々と作り方の説明を続けた。

 
 

「……そんで、鶏がら出したら、地鶏ば弱火でじーっくり煮る」
「じっくりってどのくらい?」
「鶏がやわらかくなるまでよ」
「それじゃ分かんないよ」
「料理っていうのはそういうもんなの」
「ふうん。……そういえばあの鍋、ちょっと甘口だったよね?」
「あれは、砂糖ば入れとるからよ」
そいが壱岐の味なの、とどこか誇らしげに母は言った。

 

「そいで、最後に軽く茹でたそうめんば入れて……あっ」
電話の向こうで突然、慌ただしい足音が聞こえた。
「えっ、どうしたの! 大丈夫?」
「やだ、あんたばってんご飯どきに電話してくるから、お鍋吹きこぼれちゃった」
わたしがホッとして笑うと、笑い事じゃない、と母は怒る。料理進まんからスピーカーにするわ、と言う声のあとに、小さな包丁の音が聞こえてきた。

その音を聞きながら、実家の、決して広くはない台所を思い出した。母と並んで料理をすると、手際が悪い、といつも叱られるのだった。
わたしの部屋のキッチンは、狭いけれど片付いている。料理なんてほとんどしないのだから、当たり前と言えば当たり前だった。灯りの消えたキッチンの食器棚を見ていたら、急にお腹がすいた気がした。

「今、なに作ってるの?」
「豚汁。壱岐はもう、だいぶさむうなってきたけんね」
台所に並ぶ大きな鍋や、野菜を切る母の手を思い出す。

 

「いいなあ。わたしも豚汁、作ろうかなあ」
「あんた、ひきとおし作るために電話してきたんじゃなかったの」
呆れたような声を聞きながら、話したかっただけだよ、と言おうか迷った。
「たまには帰ってきなさい。お父さんも待っとるよ」
はあい、と子どものように頷いて、笑った。

 

【壱岐のあれこれ#5】

壱岐の郷土料理、「ひきとおし」。古くは遠くから来た客人をもてなすために作られていたという贅沢な鍋料理ですが、今では気軽に食べられるようになりました。
その作り方は、地域や家庭によって千差万別。ここでは、玄海酒造オリジナルの“焼酎に合う”ひきとおしのレシピをご紹介します。

〈材料〉5人分
・地鶏(ガラともに)…2分の1羽
・大根…2分の1本
・にんじん…1本
・ごぼう…1本
・白菜…2分の1個
・長ねぎ…3本
・豆腐…1丁
・こんにゃく…1丁
・春菊…2束
・料理用焼酎…900ml
・そうめん…5束
・調味料…清酒カップ2分の1、しょう油カップ3分の4、砂糖小さじ1
※野菜は3~4センチ長さに切り、ごぼうは水につけアク抜きしておく。
こんにゃくは湯通しして手でちぎっておく。

〈作り方〉
1. 鍋に焼酎を入れ、鶏ガラ、ごぼう、こんにゃくを加えて強火にかけ、アクを取りながら30分煮込む。
2. 鶏ガラを取り除き、水500mlを入れ、大根と地鶏半分を煮る。調味料をすべて入れ、15分煮込む。
3. 白菜、長ねぎ、豆腐、春菊を半分ずつ煮る。
4. お好みで茹でたそうめんを入れた椀に、煮えた野菜を入れていただく。野菜がなくなったらお湯としょう油を足して、残りの肉や野菜を煮る。

(参考……山内賢明著『壱岐焼酎 蔵元が語る麦焼酎文化私論』)

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お母さんの味

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