変わらない味とはなんだろう、と時々考える。
たとえば、創業時から毎日たれを注ぎ足してきたことを名物にしている老舗の鰻屋の鰻の味は、果たして本当に創業時から“変わっていない”のだろうか。仮に、日々の小さな変化が重なり、味がまったく違ったものになっていたとして、作り手はそれに気づけるのだろうか。

壱岐の人、特に年配の方に壱岐焼酎の魅力を尋ねると、「変わらない、安心する味」だと言われる。伝統的な製法を守って造られている、歴史ある焼酎。しかし、それだけが“変わらない味”の理由と決めつけてしまうのは、少し早計に過ぎる気がする。

果たして、“変わらない味”の秘密を探る鍵はどこにあるのか。前編に続き、玄海酒造を訪ねた。

 

焼酎造りの工程は、仕込み、貯蔵、瓶詰めに大きく分けられる。壱岐焼酎の場合、発酵させた米麹に水と大麦を加え、さらに発酵させてもろみをつくるところまでが“仕込み”にあたる。「米麹三分の一、大麦三分の二」の伝統的な原料の割合を厳格に守って造られているのも、壱岐焼酎の特長のひとつだ。

 
 
朝8時、工場の中央にある「三角むろ」の扉が開けられる。
ここには、洗って蒸した米に、麹菌を加えて繁殖させたものが入っている。

職人たちは、手作業で三角むろの中の米のかたまりをならしてゆく。始めはデコボコとしていたかたまりが、次第に機械で調節したかのようにまっさらの状態になってゆくのは、傍目に見ていても気持ちがいい。黙々と作業を続ける職人たちを目にして、通りかかった人が「綺麗かろう?」とつぶやいた。
麹菌に負け、雑菌が繁殖してしまわないよう、むろの中の温度は常に三十六度前後に保たれている。これをひと晩置くと、米麹が完成する。

 

沸騰しているかのように、タンクの中でぶくぶくと音を立てているのは水と酒母を加えた米麹だ。一日に数回、五分間ほど丁寧に混ぜ続けることで温度を下げてゆく。
「これを一週間続けるとできるのが“一次もろみ”です。麦を加えずにこのまま絞りとると、日本酒になるわけです。麦焼酎の場合はここに大麦と水を入れて、さらに二週間かけて“二次もろみ”を作ります」。タンクを見下ろしながら職人は言う。

 

タンクの中の米麹をゆっくりと、涼しい顔で混ぜていく。
米麹は重いかと聞くと、「ああ、最初はやっぱり重たく感じたかもしれません」。
仕込みひと筋八年目だという彼は、家でもほぼ毎日麦焼酎を飲む。玄海酒造の酒は、甘みがあって飲みやすいからいい、と言う。
「壱岐焼酎はあんまり体調がよくない日でも飲めますから」なんて冗談を行く先々で言われるくらい、この島の人たちは、本当に焼酎をよく飲む。

 

発酵を終えた二次もろみは蒸留作業を経て、晴れて“原酒”となる。焼酎は銘柄が違えば仕込み方もばらばらのように思われがちだが、基本的にはどの商品も貯蔵方法や度数に違いがあるのみで、大もとはひとつの原酒なのだ。
四十五度近い原酒を試飲させてもらうと、ツンとしたアルコールが喉をつき、思わずむせてしまいそうになった。度数が強いだけでなく、舌がぴりつくような乱暴さがある。原酒を口に含んだ職人は、「まだ荒々しいとですよね」と笑った。「これを一年から二年くらい寝かせると、ぐっと香りやまろみを帯びるんです」。

 
 
 
 

そんな原酒を貯蔵し、豊かな香りと色の焼酎に仕上げるのもまた、別の職人だ。
酒蔵の裏手にある坂道を上ると、巨大な貯蔵庫が現れる。玄海酒造の焼酎の貯蔵法には樽、かめ、タンクの三種類があるが、ここは樽の貯蔵庫だ。癖のない味に仕上がるタンク貯蔵と比べ、樽貯蔵は洋酒のような味わいに、かめ貯蔵はまろやかな味わいになるといった違いがある。

「ここは『壱岐スーパーゴールド』を貯蔵しとる部屋です。樽は全部でだいたい二千本あります」。貯蔵庫の中を見つめる職人の視線の先には、通常はシェリー酒に使われるという、樫の木でできた黒い樽が並ぶ。

 

貯蔵と言っても当然、酒をただ保管しているわけではない。職人は定期的に樽の中の様子を見て、香りや色をこまかくチェックする。「酒税法で、“これ以上濃い色になると、焼酎として認められない”という色の規定があるんです。それを超えないよう、綺麗な琥珀色になるまでだいたい一年から二年半くらい置きます」。

 
寝かされている間、樽から木の成分が酒に移って色がつく。「色のつき方も樽によってばらばらなので、樽ごとの癖や個性を見きわめて、寝かす期間を調整します。夏場は色がつきやすかったり、梅雨時には湿気で膨張したりと季節によっても樽の調子が違うので、色や味のばらつきが出ないよう、ひとつの樽ではなくて、複数の樽の酒をブレンドしとります」。

 
ここでふと、「色や味のばらつきが出ない」ようにする方法が気になった。聞けば、職人には“目安”となる味のイメージがあり、それを目指してブレンドしているのだという。
「毎日欠かさずに試飲しているので、『ちょっと濃ゆい』とか、『もっと寝かせとっていい』とか、そういうのはだいたい分かるようになりました。最初は本当にこれでいいとやろか、と思って、何回も先輩たちに聞きにいってたんですが」。この銘柄の貯蔵担当になって十年だが、目安の味が感覚だけで分かるようになったのはここ数年だそうだ。

 
「毎日経験を積んではいますが、まだ感覚は完全ではないとですね」。最後に丁寧な口調でそう話してくれたのは、酒蔵の統括をしている杜氏だ。先代からこの役目を受け継いで5年だという若き杜氏は言う。「仕込んだものを毎日試飲しているので、たとえばもしもろみに異常があったり、味に少し変化があったりしたら、そのときはすぐに分かります。自分に限らず製造担当の者は全員、毎日午前と午後の一回ずつ、欠かさずに官能検査を行っているので」。
当たり前のようでいて途方もない、職人たちの仕事。毎日、毎晩、それぞれの五感で確かめているから“変わらない”味になるのだ。

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「変わらない味」を仕込む、
職人たちの腕と舌【後編】

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