二度目の壱岐は春がいい、と言ったのは彼女だった。
夏の太陽の下で見た壱岐の街並みは明るく、海も緑もぎらぎらと光っているようだったけれど、高速船で降り立った四月の壱岐は、セピア色の写真のように淡く見えた。風も暖かく、薄いコートを着た体はじんわりと汗ばむ。

 
「また来られたね」
去年の夏、初めて彼女と壱岐を訪れた際は、神社の多い島、というくらいしかこの島のことを知らなかった。「風が気持ちいい」と私が言うと、彼女も港を行き交う船を見て目を細める。

昨年初めて壱岐に来て以来、すっかり神社巡りが趣味になった彼女は、「女嶽めんだけ男嶽おんだけに行ってみたくて」と言った。メンダケ、という聞き慣れない響きに戸惑いながらもついていくと、ダムのほとりで彼女が車を停めた。目の前には、長く細い階段が続いている。

 
雑草に覆われたその道を上ってゆくと、五分ほどで視界が開け、しめ縄の巻かれた巨大な岩が現れた。

 
「これが御神体。パワースポットとしても有名なんだよ。この上にコンパスを置くとぐるぐる回るんだって」
ええっ、と声を上げて岩を見つめていると、「天岩戸の神話、知ってる?」と彼女が得意げな顔で言う。
天照大御神あまてらすおおみかみが天岩戸っていう洞窟に隠れて、世界が真っ暗になったっていう有名な神話があるの。で、そのときに踊りを見せて天照大御神が外に出てくるきっかけをつくったのがアマノウズメっていう女神。女嶽神社には、そのアマノウズメが祀られてるんだよ」

 
そのまま山を上ってゆくと、いちばん高いところに女嶽神社の鳥居が立っていた。聞けば、女神・アマノウズメはその後、日本最古の踊り手として芸能の神さまと崇められるようになったという。

 
「引きこもった神さまを踊りでおびき出すなんて、神話って面白いね」
私が言うと、彼女はにやりと笑って、
「じゃあ、アマノウズメの旦那さんがいるところにも行こうか」と歩き出した。

 
 

 
駐車場で車を降りた彼女のあとをついてゆき、案内されたのは、おびただしいほどの猿の石像が並ぶ神社だった。
「うわあ、なにこれ、すごい数!」
境内の裏には端から端までぎっしりと、大小さまざまの猿が鎮座している。足がすくむほどの迫力に圧倒されて彼女を見ると、「ほら、この猿だけ笑ってるよ、可愛い」と無邪気にその一体一体を見つめていた。

 
「可愛い……?」
「よく見てみて」

 
彼女が指差したほうをじっくりと見てみると、無表情に見えた猿たちは皆、どこか愛嬌のある顔をしている。舌を出している猿、よそ見をしている猿、それぞれに違った佇まいをしていて、思わずクスリと笑いそうになった。

 
 

御朱印をもらい、宮司さんに境内を案内してもらう。
なんでも、もともとは豊穣の願いを込めて牛の石像が奉納されていたが、御祭神として祀られている猿田彦命さるたひこのみことの名にちなんでか、しだいに猿の石像が集まるようになったらしい。この猿田彦命が女嶽神社に祀られているアマノウズメの夫というところから、女嶽、男嶽をセットでお参りすると良縁に恵まれる、という言い伝えが広まったそうだ。

 
「どうぞ、さわってみてください」
女嶽神社のそれよりもひと回り小さい御神体の石に恐る恐る手をかけると、氷のようにひんやりとしている。冷たい、とつぶやいてしばらく触れていると、隣で彼女が「うそ、すごく熱いよ」と言った。
宮司さんが笑いながら、さわる人によって暖かく感じたり冷たく感じたり、中には痛っ、と手を引っ込められる方もいるんですよ、と言う。不思議で仕方なく、思わず彼女と顔を見合わせてしまった。

 
 

「猿、すごかったね」
運転席に乗り込みながら、彼女が興奮気味に言う。

 
「あれが全部奉納された石像ってことは、あの猿の数だけ、叶えたいお願いとか祈りがあったわけでしょう」
猿や牛の顔は、年月を経つと不思議なことに、その像を奉納した人自身の顔にしだいに似てくるのだ、と宮司さんは話していた。
何百もの石像に込められた祈りと、その祈りの向こうにたしかにいたであろう人々。遠い過去に思いを馳せていたら、彼女が横で大きな声を出した。

 
「あ、海!」
大きなカーブを曲がった先、道の遥か下のほうで、春の海がきらりと光った。

 
 

【壱岐のあれこれ#13】

壱岐には、女獄神社、男獄神社を始め、参拝の証である「御朱印」をいただくことのできる神社が十以上あります。
今年三月からは、壱岐オリジナルの御朱印帳の販売(※郷ノ浦港観光案内所、芦辺港観光案内所にて)も始まり、壱岐の中でも少しずつ御朱印集めのブームが広がってきているよう。

宮司さんに御朱印をいただくには電話予約を必要としている神社が多いため、お目当ての神社に参拝される前には、あらかじめ確認をしてみてください。カラフルな御朱印帳を片手に、個性豊かな壱岐の神社巡りを楽しんでみてはいかがでしょうか。

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女嶽、男嶽

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