久しぶりに夫婦だけで遊んできなさいよ、と言ったのは母だった。休みが久々に合うことになって、家族旅行でも行こうかと思っていたところだったから、夫婦で、というのにはちょっと驚いた。
海の綺麗なところに行きたいというわたしと、酒蔵の見学に行きたいという夫の希望を合わせて決まった行き先が、長崎の壱岐島だった。

 
 

「次、どこ行こうか」
パンフレットを見ながら夫が言う。
目の前の大きなプールでは、水面が静かにゆらゆらと揺れている。イルカが立てた水しぶきで、プールの柵は濡れて光っていた。

「けっこういい時間になっちゃったよなあ」
「それはあなたがフェリー選んだからでしょう」
「ゆっくり景色見られるほうがいい、って言ったのはそっちだろ。だいたいフェリーも高速船もそんなに変わらないよ」
「そんなことないでしょ。二時間もかかったけど、高速船ならその半分で来られたのに」

むっとして夫を見ても、彼は平気な顔をしている。思いついたように「猿岩でも見とこうか」と言うと、わたしの返事を聞かずに歩き出した。

 
 

「あずき、可愛かったよね」
「あずき?」
車の窓からは海が見える。ハンドルを握る夫はちらりとわたしを見ると、「あ、あのいちばん年長のイルカか」と言った。
「ねえ、なんでいまわたしのこと見て思い出したの?」
夫はちょっと笑いかけて、それをごまかすようにカーステレオに手を伸ばした。
ラジオから、昔ヒットした夏の歌が流れる。

「やっぱり連れてくればよかったかなあ」
ふと、わたしが息子の名前を口に出すと、夫は「まあ、お義母さんが見ててくれるって言うんだしさ、たまには」とつぶやいた。

広い駐車場で車を止めて、夫はひとり先に車を降りた。海を背景に、大きな岩がそびえ立っているのが見える。
「なに、ここ?」
慌てて声をかけると、彼が立ち止まり、急に笑いだした。
「ほら、ここから見て」
手を引かれて夫の前に立つと、目の前の巨岩が突然、座り込んだ猿の横顔に見えた。

「……猿だ! これ、なんていう岩なの?」
「猿岩、だって」
「そのまんまじゃない!」

目を丸くしてわたしが言うと、彼がこちらを見て大声で笑った。遠くに見える岩は、どこからどう見ても横向きに座る猿そのものだ。自然が産んだものだというのが信じられないようなその造形に、わたしも思わず笑ってしまう。緑色の背をした猿岩の向こうには、くっきりと、青い水平線が見えた。

 
 

「次はどこ行こっか」
助手席からわたしが夫に尋ねると、彼はパンフレットから顔を上げて、「なんか、こうやってプラン練るのも久しぶりだな」と言った。

「ドライブも久しぶりだよね」
「なんとなく、遠足、って感じでいいよな。こういうの」
「デートじゃなくて遠足なの?」

呆れたように言うと、夫は笑ってパンフレットをわたしに手渡した。ちょっとだけ付き合ってほしい、と言われて、さてはお酒だな、と思った。
シートベルトを締める。ゆっくりと車が走り出した。

 
 

二十分ほどでついたのは、焼酎の資料館だった。
色とりどりのボトルを前にしてはしゃいでいる夫を見ていたら、たしかにデートより遠足って感じだなあ、と思う。

夫は焼酎の試飲をしながら、「いま、係の人に聞いたんだけどさ」と顔を寄せる。「いい焼酎って、水で割ってどれだけ薄めていっても、味が変わらないらしいよ」
「ええ、本当?」
「うん。むしろ、そうやっていって最後まで残るのが、焼酎本来の旨味なんだって」
ほんのりと赤い顔をして、夫は得意気に言う。
「どう? 変わらない?」
わたしが聞くと、彼は「全然変わらない」と言って笑った。

湯ノ本温泉に寄ろうと言っていたのに、助手席で夫は眠ってしまった。
買い込んだ焼酎を抱きかかえるようにして寝ている彼を見ていると、大人なんだか子どもなんだか分からなくて、ちょっとおかしい。
日が落ちてきて、窓から見える夕陽と海は同じ色をしていた。次の信号で起こしてあげるか、と決めて、車を走らせた。

 

【壱岐のあれこれ#3】

島内に七つの酒蔵が存在し、日々、切磋琢磨し合いながら美味しい焼酎を作っている長崎・壱岐島。
壱岐の焼酎資料館では、焼酎の試飲やお買い物はもちろん、壱岐焼酎に関する資料や古い酒造りの道具を見ることもできます。壱岐を訪れた際には、焼酎の味に舌鼓を打つだけでなく、焼酎の種類や歴史にもちょっと詳しくなって帰ってみませんか。

・焼酎資料館
住所…〒811-5125 長崎県壱岐市郷ノ浦町志原西触550−1
玄海酒造株式会社内

開館時間…9:00~17:00(月曜日~土曜日)、10:00~16:00(日曜日)
休館日…8月15日、年末年始
見学料…無料

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大人の遠足

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