日差しがまぶしかった。Tシャツにはうっすらと汗をかいている。アスファルトが太陽を照り返して、夏の県道はぎらぎらと光っていた。
顔を上げると、友達はずいぶん遠くにいた。その後ろ姿に声をかける。

「ねえ、まだつかないの!」
「もうすぐだから」
息が切れているのに、振り向いた彼女はなんだか楽しそうだった。

パワースポットに行こうよ、と言われたときは、あまり乗り気じゃなかった。
パワースポットって明治神宮とか高尾山? と聞くと、彼女はにやりと笑って
「ううん。島」
と言ったのだった。

 
 

彼女が足を止めたのは、古びた灰色の鳥居の前だった。長い石造りの階段が、その向こうに続いている。

「これ、上るの?」
「上らなきゃつかないよ」

ずんずんと先を行く彼女に仕方なくついていく。神社というよりも、鬱蒼とした森の中にいるような感じだ。生い茂る木々を左右に見ながら階段を上りきると、正面に小さなお社が見えた。
パワースポットなんていうから、もっと派手なところかと思った。口に出そうか迷っていると、それを見越したように「あんまりパワースポットっぽくないなって思った?」と笑う。

「月読神社、って名前の神社は全国にたくさんあるけど、ここがいちばん最初の月読神社らしいよ。天照大御神あまてらすおおみかみは知ってるでしょ?」
「アマテラス……聞いたことある。太陽の神さまでしょう?」
「そう、日本の総氏神って言われてるいちばん有名な神さま。その天照大御神の弟が、ここに祀られてる月読尊なんだって」
「ふうん。太陽と月なんだ」

言われてみれば、真夏の昼にもかかわらず、神社の中の空気は夜のようにひんやりしていた。
神話や歴史のことはあまり分からないけれど、神さまがいるとすれば、たしかにこんな静かな森の中なんだろう。

次の神社まで歩こうと彼女に言われたときは、さすがにそれは、と思った。
バスとかタクシーもあるよ、と言うと、「自分の足で歩くからご利益があるんでしょう」と笑うので、なにも言い返せなくなる。
大きなリュックを背負った後ろ姿が、軽やかに階段を下りてゆく。
真反対の私たちがこんなにずっと一緒にいるのは、単に幼なじみだからなのだろうか。彼女はいつもいつも、私の前を歩いている。
息を切らした私が立ち止まりかけると、「ほら、早く!」と声がした。

 
 

住吉神社は広い神社だった。大木に覆われていて、月読神社とはまた違う、荘厳な雰囲気だ。
緑がかった境内を歩く。中でもひときわ大きな木の前で、彼女が立ち止まった。

「これだ、夫婦クスノキ」
「夫婦クスノキ?」

その木は、根本からすこし上で二股に分かれていた。二つの幹が寄り添うように空に向かって伸びている。だから『夫婦』なのか、と思った。

「女の人はこの木の周りを右回りに、男の人は左回りに一周すると、縁結びのご利益があるんだって」
「……それって、なんとか公園のボートにカップルで乗ると別れる、みたいなのでしょう。私そういうの信じないなあ」
「ジンクスと言い伝えは違うじゃん」

彼女は呆れたように笑いながら、いいから一周するよ、と私の背中を両手で押す。

また次の神社まで歩く、と言われたときは、なんだか楽しくなってきていた。
どのくらいかかるの? と聞くと、二時間くらい、とさらりと言う。
「絶対歩く距離じゃないよね!」
前を行く友達に向かって叫ぶように声をかけると、「そうかも!」と叫び返される。日は、まだ高い。木々が反射して白く光る道を見ながら、なんで大人になってこんなことしてるんだろう、と笑ってしまう。

 
 

「これから行くところね、日本のモンサンミッシェルって言われてるんだよ。海の向こうに神社があって、潮が引いてるときにだけ渡れるの」
「潮、引いてるの?」
「分からない!」

声を上げて笑い合う。彼女はやっぱり私より前を歩くけれど、時おり振り返って私がついてきているか、確かめてくれる。

「小島神社は、恋愛成就にいちばん効くんだって」
「えー、恋愛成就? ほんとかなあ」

歩きすぎて、スニーカーの踵が擦れてきた。紐を結び直そうとしゃがんで、思わずそのまま座り込んでしまう。ちょっと休憩しようよ、と声をかけようとしたとき、彼女が突然、走り出した。
「そういうこと言うからフられるんだ!」
そう叫んで遠くで笑う彼女に、「うるさいなあ!」と叫び返して立ち上がった。つられて、私も走り出す。

防波堤が見えた。足元に貝が落ちていて、もうここは海岸なのだと気づいた。目を凝らすと、緑色の小島の入り口に、小さな鳥居が立っている。
海を隔てる砂の参道は、細く長く神社へとつながっていた。
壱岐の海は、その手前できらきらと光っている。

 

【壱岐のあれこれ#2】

福岡・博多から船で二時間。長崎県の壱岐島は、玄界灘に位置する人口三万人ほどの島です。小さな島ながらその歴史は古く、三世紀ごろの日本について記した中国の歴史書『魏志倭人伝』の中では、壱岐は「一支国(いきこく)」という名前で紹介されています。一支国は日本とアジア大陸を結ぶ中継地点として、弥生時代の文化交流の要となりました。壱岐に現在でも残る「原の辻遺跡」は、この一支国の跡とされています。

そしてもうひとつ、壱岐を語る上で欠かせないのが、その神社の多さ。決して広くはない島ですが、神社の数は、大小合わせてなんと1000以上。日本の中でもっとも“神様密度”の高い島、と呼ばれることもしばしばです。壱岐を訪れる際は、美しい海や自然はもちろん、個性豊かな神社にもぜひ足を伸ばしてみてください。

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神さまのいる島

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